ミニ講話 宮司のいい話
NO.209  神棚参りの心掛け
     神様に私たちが守って戴く以上、自分たちも神様に対しての「おもり」ということが必要になってきます。おもりの仕方いかんによって神様のお働きも変わってくるのです。

     ただ単なる飾り物の神棚で終わってしまうか、大難が小難に、小難が無難へと護り導いてくださるお力のこもった神棚となるかは、祀る者の心の持ち方いかんによって変わってくるのです。

     神棚のおもりの仕方について大切なことが三点あります。

     一点目は、「神様と心を通わせた真剣なお参りをする」ということです。

     ただ単に形だけでお参りするのではなく、心を落ち着かせ、神様に心が届くように真剣にお参りをするのです。何か心配事、気になることがあっても、神様の前で手を合わせる時には、他のことに心を捕らわれることなく、心を切り替え、落ち着いてお参りするのです。そうした心で毎日お参りをしていますと、集中力や心の切り替えが自然に身に付いてきます。何か大事件が起きた、大変困ったことができた、そんな時、つい心は動揺してしまいますが、まず高まる心を落ち着かせて、自分が今、何をすべきか必死に考えたならば、必ずや、良き考え、乗り切る力が不思議と湧いてくるのです。動揺したままの心で考えることは、どこか肝心なことが抜けてしまったり、的を外したことを一所懸命やってしまったりするのです。落ち着いた心へと切り替える。自分の心を取り戻す。そうした力が、毎日のきちんとした神様と心を通わせるお参りから培われてくるのです。

     二点目は、「神様に借りを作らないお参りの仕方をしていく」ということです。

     神社にはたくさんの人達がお参りに来られ、一所懸命お願い事をしてお帰りになられます。しかし、お礼のお参りに来られる方は割りと少ないのです。すると多くの方達が神様に借りを作ったまま生活をしている。そして又何かお願い事ができると“神様宜しくお願いします”と祈願される。どんな小さな願い事でも積もり積もってきますと、大きな借りを作ってしまいます。そうした大きな借りを作っている中に、大きな問題が起きたとき、水をかぶるくらいの気持ちで真剣に神様にお願いをするのですが、すでに大きな借りを作ってしまっていると、そうそう神様も都合よく働いてくださるとは限らないかも知れません。ですから、いざという時に神様に百パーセントのお力を戴く秘訣は、普段から借りを作らないお参りの仕方が必要になってくるのです。

     三点目は、「神様に対して感謝の真心を形に表す」ということです。

     神様に日々の御守護を戴いて、大難は小難に小難は無難にと、毎日無事に過ごさせて戴いているナーと、感謝の気持ちが出てきますと、それを何とか神様に表したいと思うのが人間の自然な感情の現れであると思います。人であれば、お金や品物に自分の真心を託して贈ります。神様に対しても同じことが考えられます。

     お祭りにはお酒やお餅、それに海や川、山や野にできたたくさんの美味しい物をお供えして神様にご接待をし、これからのご守護を祈願したり、感謝のお祭りをします。人にしてあげて喜ばれること、自分がしてもらって嬉しいと思うことは、きっと神様も喜んでくださるだろうと信じて神様に御供え物をするのです。神様にたくさんの物をお供えしたからといって、神様は
    “美味しい美味しい”と召し上がってくださる訳ではございません。しかし真心によってお供えした物は、その物を通して、我々の真心を神様は受け取ってくださるだろうと信じてお供えするのです。たくさんのお金を掛けて立派なお供え物をしても、そこに真心がなく、ただ体裁とか、飾り物としてお供えしたのでは、心は通じていきません。その反面、真心にてお供えした物であれば、お水一杯でも、庭にできたナス一つでも充分に神様に真心を伝えることができるのです。

     お供え物は、自分の真心の表現と考えて戴き、自分のできる範囲内で、又真心の出し惜しみをしないで、感謝の心を行動に表すことが信仰心を高めることになるのです。

     簡単に考えますと、神様のご接待は、わが家で一番大切なお客様がお泊まりになっていると思って行えば良いのです。朝起きれば身なりを整えてご挨拶をする。自分達よりも先に食事をして戴く。出掛ける時、帰宅をした時にはご挨拶をする等、自然とおもりの仕方について色々考えついてくると思います。

     次に、神様にお参りする時の心掛けについてお話しします。

     神様をお参りする時には「三つの願いに七つの感謝」を心掛けてお参りしましょう。

     例えば、神様にお願い事をするということは神様に借金をすることであり、感謝をするということは貯金をすることであると考えてください。三つの借金に七つの貯金で、単純に差し引きして四つの貯金が残ります。この貯金が自分の徳となり、その徳が、いざというときに充分に神様に守って戴ける秘訣となるのです。又、自分が使い切れなかった徳は、子孫へ残していくことができるのです。その反面、借金の方が多ければ、子孫に借りを払わせることになってしまいます。

     毎日毎日の変わらぬ生活の中で多くの感謝を感ずるということは大変なことです。朝起きて朝日を見ても、当たり前のことと思えば感謝の心は出てきません。しかし、「アァ、今日も無事に朝を向かえられたナ、今日も一日元気に働かせてもらえるゾ」と思えば、何でもなく見ていた朝日にも感謝の真心を感ずることができるのです。何げなく食べる食事にも、「アァ、女房が元気で居てくれるからこうして自分が作らずとも美味しく食事が戴けるんだナ」と思えば感謝の心に変わってきます。

     日常の当たり前のこと、何げないことでも、見方を変えたり考え方を変えることによって、感謝の心を引き出すことができるのです。そうした感謝の心で物事を見ていきますと、人の思いやりや、情を敏感に感ずることができます。物の見方の奥深さや優しさが出てきます。すると自分と接する人達が「あの人と居るとなんだか安心するナ」とか「明るくなれるナ」とか「尊敬できる人だ」などと受ける評価が変わってきます。

     自分が良い光を放つと良い光を持った人達が集まってきます。「類は友を呼ぶ」ということわざがありますが、良い物には良い物がやってくる。悪い物には悪い物がやってくる。運勢を良くしようと思ったならば、まず自分が良き方に変わらなければなりません。良い光を放つことによって、良い感動を回りの人に与えることができます。「素晴らしい人だな」とか「自分もああなりたいナ」とか。良き感動は良き方へと人を変えていきます。

     自分の回りには良い光を持った人達が集まるから、何かつまずいても皆が助けてくれる。守ってくれる。だから良き運へと導かれていくのです。

     その反面、自分が自分がの「我」の強い悪い光を放ったならば、似たような人達が自然と集まってしまうので、やることなすことが何か思うようにいかず、うら目に出てしまいます。お互いに足の引っ張り合をしてしまい、運勢がどんどん悪い方へと傾いてしまうのです。

     運勢を良くする秘訣は自分の心にあります。感謝の心で物事を見ることができるか否かによって大きく変わってしまうのです。

     そう思うと、感謝の心で毎日毎日神棚にお参りをするということは、自分の修行であり、習練の場であると考えることができます。わずかの間のお参りでも、考え方ひとつで、成果が大きく変わってくるのです。

     神様のお力の籠もった神棚となるか、ただ単なる飾り物の神棚で終わってしまうかは、皆様方のお守りの仕方によって変わってきます。心の籠もった神棚参りを心がけて戴きたいと思います。



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